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てなわけで [趣味と実益]

『虎ノ門四丁目』Live In 虎ノ門4丁目の模様である。中年オヤジ二人がキティちゃんのギター弾いて喜んでいるわけだ。一応ニュース取材の一環。歌ってるのはJ-WALKの「何も言えなくて、、夏」。





寝ました。 [趣味と実益]

別に書くことない時に無理して書く必要もないのだが、穴開けるのもシャクなんで無理にでも書く訳です。

Club Carribianaが流れる番組で、今日クラシック音楽の特集をやっていたので、帰宅後お座敷クラシックを更新すべく、ギターをチューニングしビデオの用意をしたところで、ものすごい睡魔とものすごいだるさに襲われ、そのまま3時から7時まで爆睡。超早朝生活も丸1年を迎え、体の方はかなりギシギシと不具合を生じているようだ。花粉のせいでもあるけど。

あとは、なんだ、別に買う気はないけど王ジャパンのユニフォームはきっとオークションでとんでもない値段をつけているのだろうな、と思って覗いてみたら、案の上すごいことになってますな。

松坂選手や上原選手あたりになると時代が違うが、イチロー選手にはオリックス時代になんどかインタビューしている。王監督とは、ダイエーの監督就任が決まったとき、東京のスタジオと福岡のスタジオを結んで話をさせていただいたが、話というより、俺が一方的にコーフンしてただけであった。俺は長嶋さんのすごさは知らない世代なので、やはりスーパースターは『王貞治』なのである。あと、東西対抗かなんかの試合で、勝利監督インタビューもさせていただいたが、これもコーフンしまくりであった。今思えば、その頃、遮二無二スター選手や監督達にサインを貰っておけばよかったな。あ、野茂選手と伊良部選手のサインはもってます。

歌番組の収録で南こうせつさんが来たときも、番組にはなんの関わりもないのに、挨拶に出向き、台本にサインしていただいた。当時は新人アナで「新人です」というと、「将来有望なニュースキャスターさんですね」といっていただいたのだが、すんません、まったく大した存在にはなってません。このときもコーフンしまくりで、かぐや姫時代の曲からソロの曲まであれこれ思うところを喋りまくってしまい、横にいた榊原郁恵さんが「若いのに詳しいですねぇ」と驚いていた。言われて初めて郁恵さんの存在に気付いた。失礼しました。

なんか、苦し紛れにめちゃくちゃな展開の話になったな。とにかく今日はこれで寝る。


アクセントと音階 [趣味と実益]

かなりウザい話になるので、ウザい話が嫌いな人はここでやめましょう。

かの藤山一郎さんは、紅白に出ても最後の「蛍の光」は歌わなかったそうな(昔聞いた話なので間違ってたらすみません)。理由は「日本語の歌として正しくないから」。シブい。
つまり、日本語の共通語のアクセントとしては「ほたる」は「ほ」の音が高い頭高が正しいが、「蛍の光」の「ほたる」は「た」が高い。それがヨロシくないということなのだ。

昨今の楽曲に慣れていると、「別にいーんじゃない?」という話なのだが、電波芸者(←もういいですね、局アナと読んで下さい)の悲しい習性で、詞を書く際にはどうしてもアクセントと音階の問題が気になる。どうしても合点が行かぬと、メロディをいじったり、使いたい言葉を諦めて別の言葉を探す作業が必要なのだが、我々のようなパロディをやっていると、ネタ元が明確にわかることが大事なので、そうは変えられない。などという葛藤と戦いながら所詮「燃え尽きて果てるまでは ひたすら腰振ってShake!(腰振ってBaby)」程度の詞しか書いてないところが物悲しくもあるが。

アクセントというのは、時代とともに揺れ動いているので、本来は「間違い」であったものでも広く使われるようになると、最新版のアクセント辞典では「それでも可」という扱いに変わることも多い。とはいえ、アクセントには意味の違いを明確にする役割(「雨」と「飴」とか「橋」と「箸」とか)もあるし、何より本来の正しいアクセントというのは、その言葉が日本語として一番美し響くようになっているのではないか、とも思うのである。「恋人」の意味で使う「カノジョ」「カレシ」なんて、流行りの平板よりもちゃんと頭高で使った方が「いい女」「いい男」な感じがするのよ、俺には。もちろん「音楽はハートで感じるものだぜぃ!」というご意見もあろうが、俺は、特に自分が発する歌についてはきちんと言葉が伝わることをまず考えてしまう。もろ職業病だ。

結局のところ、「まあ、お笑いだからこんなんでいいや」という所に落ち着くことも多いのだが(なんだ、やはりそんな程度か)、「メロディに言葉をのっける」作業と「日本語をメロディにのせる」作業は違うのではなかろうか、という漠然たる思いの元、いずれ「この美しき日本語を聴け!」という気合いの入った曲を作る際には、やはり日本語をメロディにきちんとのせる道を選ぼう、と思うのである。というか、そうしないと気が済まないはず。

ということで、いつも後輩や同僚のアクセントの間違いを指摘しては煙たがられている男からのウザい話でございました。


発声と音域 [趣味と実益]

すごいアカデミックなタイトルだなぁ。

電波芸者(←俗に局アナと呼びます)の発声訓練は、基本的に低い方に音を広げて、低い音の安定を目指します。基本となるニュース読みについては、やはり低い落ち着いたトーンの方が、聞きやすいし、説得力と言うか、安心感があるからね。

ただ、訓練もなしに文頭から低く始めると、文末をおとして奇麗におさめるということができないわけさ。で、訓練してない人はどうするかというと、「〜となりました。」の「と」という助詞の音を高くして、さもおさめたかのように喋る(おっと、批判)。

で、仕事を始めて何年かたって、学生時代からの曲もまとめてレコーディングしなおしたときに、学生時代にはちょっと辛かった高いところが、なんの問題もなく楽に出るようになっていた。喋りの訓練はしたけど、歌の訓練はしてないのに。

後日、研修でクラシックの声楽の先生を講演に招いた時に、「そんなことはありえるのか?」」ときいてみたところ、やはり「低いところの音を安定させると、それだけ発声の土台が安定することになるから、ある程度高いところも出しやすくなる」とのことでした。

もちろん更に音域を高い方に広げるには、別の専門的な訓練が必要なわけだが、俺にとっては趣味と実益の一石二鳥感たっぷりの気分に浸れたのでありました。

まあ、実際のところ万人にあてはまるのかどうかはわからんし、俺がそんなにご立派に発声を極めたかどうかもアヤシいものなのだが、Wikipediaによると俺は「聞きやすい発声と正確なアナウンスには定評があった」そうなので、ちょっとぐらい大きく出てやるのさ(しかし、『定評があった』と過去形なのは何故だ?)。

やみくもに高い方へ高い方へと無理な発声を続ける前に、低い方の音を安定させるというのも、ひとつの方法ではなかろうか、という、さりげなくささやかなご提案でございました。効果の保証はいたしかねます。


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